これからの時代の判断基準(ジャッジメント)

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立ち飲み屋って心理的安全性あるのかな?

今日知った心理的安全性理論

「心理的安全性」って言葉を今日知りました。
そんなにチームマネジメントとかに興味がある訳でもなく、必要性も感じてなかったので知ろうとも思ってなかったのですが、今日は発見があったのでわざわざ記事化してます。

心理的安全性ってなんだね?

”心理的安全性”とは1999年にハーバード大学の教授エイミー・エドモンドソン氏が提案した概念で

チームのメンバー一人ひとりがそのチームに対して、気兼ねなく発言できる、本来の自分を安心してさらけ出せる、と感じられるような場の状態や雰囲気

https://jinjibu.jp/keyword/detl/855/

と言うものです。
なぜこんな古い概念が今になって話題になったかと言うと、2016年あの米グーグル社が研究を発表したことが発端となっています。
なので、すでに3年ほど前の話題と言うことになりますね。
職場のチームマネジメントについての概念だと広く認識されているようです。個人が職場で能力を最大限に発揮するには、チーム内での発言のしやすさなんかが大事じゃないか?その重要な要素の一つに心理的安全性が存在している。と言うものですね。
ビジネスパーソンの方々は耳タコでしょう。

何で今更これなの?

さて、私は今日ついさっき知った概念なので、新鮮なのですが、何が新鮮かと言うと、自分の発言傾向がまさに心理的安全性を前提にしているということに気が付いたからです。

私は、知らない人の前では口数は少ないんですが、家族や気心が知れた知人の前ではよく喋ります。

よく言えば心を許した人にしか心を開かない(よく言ってるか?)
悪く言えば内弁慶だと思います。

そこでこの「心理的安全性」を考慮すると、心理的安全性が確保されたコミュニティ内では思ったことを気兼ねなく発言し、そうでないコミュニティでは発言を控えると言い換えられると感じました。

いってしまえば、笑いのツボ怒るツボを心得ている人にはそれを考慮した範囲内であれば、多少言葉に”角”があっても文脈から意図を読み取ってくれるだろう。と言う仮定の元、発言していることになります。(言い方変えれば甘えているとも)

逆に、パーソナリティをよく知らない人に関しては、何で怒らせるか、何が地雷なのかを知るまで言葉選び・話題選びに慎重になり、口数も少なくなると言うことですね。

別に恥じてませんが、コミュニケーションが上手な人って、その辺の調整がうまいんじゃないかなと思うんです。
まあいい悪いとかいう話じゃないんですが、コミニュケーション上手な人っていいですよね。能力分けて欲しいくらいです。吸い取っちゃいたいね。

情報発信への応用が!

そして画期的なのはここから。
ブログをやるにあたってこの心理的安全性が重要になってきます。
ブログは全世界の人が見ることができます。

すなわち、様々な価値観の人を相手に情報発信すると言うことが前提です。
そうなれば当然心理的安全性など確保することができなくなります。
その結果、当たり障りのない内容・表現と成り下がるのです。

私はこう見えて結構人の目をきにするタイプなので、自分の批判されたり、誰かの気分を害したら嫌だなと思います。
なので、心理的安全性が確保されていない状態のブログでさらけ出して情報発信することなど狂気の沙汰だと思っていました。

発想の逆転

発想の逆転をすれば、自分の価値観に共感してくれる人を対象に情報発信し、そのような人とのコミュニティを築き上げれば、心理的安全性を確保することができ、結果として気兼ねない自己表現をすることができるのではないかと。

(この先めっちゃ長く脱線しました。笑)

さらに言えば今は情報過多の時代です。そのような時代では情報の真偽、信頼性を吟味する時間はいくらあっても足りません。

すると、これからの時代どのように情報を選択するかと言うと、自分と似た価値観を持った情報発信者を信頼の”フィルター”と見立てます。
その人の発信する情報を自分に価値ある情報だと認識することで、情報の取捨選択をするようになっていくだろうと言う考えをどこかの誰かがいっていました。

となるとさらに重要なのが、情報の信頼性。つまりは発信者の価値観です。
この価値観が近ければ近いほど信頼性も比例して増すのではないかと。

この考え方に自分は大方賛成しています。
思考停止になれっていう意味じゃなくて、自分の価値観を明確に理解しているからこそ、それに似た人を見つけることができる。
すなわち、誰かに流されて判断するのではなく、自分はどうなんだろう?と言うことを基準にものごとを判断することができる。
そんな世界素敵だと思いませんか?
自分が参考にしている人でも、この考えは共感する、これは共感しないといった考え方ができる。
そうなればマスコミに情報操作されることなく、教祖様の言いなりになることもなく、自分を持ち続けることができるのではないでしょうか?

これからの時代は情報に優劣がつきにくくなってくると思います。
こっちはここがいいけど、あっちはまた別のところがいいよね。みたいな。
それこそ一つの価値基準だけでは比較できなくなってくると思うんです。
そんな時代には、自分の価値観の明確化と、それに沿った情報選択が必要になります。
すなわり、自分をわかっている人が、その価値観に共感できるものを選択していくと。
逆を言えば、自分の価値感が明確でない人ほど、流されやすくなるとも言えます。

大事なのは自己表明!

ちょっと話は脱線しましたが、とにかく、自分にとって居心地のいい空間・コミュニティが欲しいならば、まずは自分の価値観の表明とすることが必要なのだと思いました。

その結果、その価値観に共感する人が集まって、一つのコミュニティが形成されるのだと。
そのコミュニティ内での情報交換や、新たな繋がり等が人生に豊かさをもたらしてくれるのだと。(風呂敷広げすぎたか。)

とにかく、心理的安全性理論は自分にとって大きな発見をもたらしてくれたよと言うお話でした。

みなさんにとっても心理的安全性が確保されたコミュニティがより広がっていくことを願ってやまないこの頃です。

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