情報にエネルギーって込められている?

Pocket

情報って溢れてますよね

現代社会では、毎日普通に生活しているだけで私たちの周りには”情報”が溢れています。

スマホやテレビ、新聞、雑誌、街中の広告、友人・知人の話…自分に密接に関係あるものから、全く興味もないものまで本当にたくさんあります。疲れるくらい。

それがいいとか悪いとかいう話はここではしません。というかいいも悪いもないと思っています。必要だし、メリットデメリットあると思うから。

今回の論点は情報ってエネルギーが含まれているよねってところです。

 

情報の特性

情報って色々な”カタチ”があると思います。文字や写真、絵、音、動きなどがありますね。

それら”情報”には3つの特徴があります。

1、事象そのもの

2、発信者の意図

3、エネルギー

 

1、事象

雑誌を例にあげて簡単に説明します。

1つめの「事象そのもの」は文字化する前の事象それ自体のことを指します。

・タレント同士が恋愛をしているとか

・こんな研究結果があるとか

・政治家がこういうことしているとか

普遍的な事象それ自体のことです。誰の何のフィルターもかかっていないピュアな情報です。

 

元来この宇宙には善悪という概念は存在しないと言います。事象はただ起きています。朝日が登ることも、風が吹くことも、地震が起こることも、病気になることも、タレントが恋愛することも、政治家が問題を起こすことも、それ自体には善悪はありません。それを人間のフィルターにかけることで善悪とか利害が発生するというだけのことです。物事は多面的で、ある人にとっては善でもある人にとっては悪であるということがしばしばありますが、それはどちらかが正しいということはなく、どちらも正しくどちらも間違っているという捉え方がより自然に近い状態と言えます。よく観音菩薩も不動明王も同じ神の愛の違った表現と言われますが、まあそんな感じです。

 

2、意図

2つめの「意図」ですが、これは出版元の理念やヴィジョン、スタイルのことを指します。

・どんなジャンルの記事なのか

・記事のターゲット読者層はどんな属性か

・否定的か肯定的か

・文体

などが意図に当たります。1の事象をどういう風に伝えるかという感じでしょうか。

タレントが恋愛をしたという事象を肯定的なニュアンスで書くか批判的に書くか。

ある研究結果をどんな人(年齢、性別、地域。社会ステータス)に読んでもらいたいか

カタイ文章で書くのか、口語調で書くのか

などですね。事象をどう伝えたいかということが意図です。

 

もっというとある研究結果の一部分のみをあえて抜粋して情報を作成して、受け手の人の反応をコントロールするなんていうのも意図に入ります。まあ情報の公平性には欠けますが、発信者の背景や事象の相関図的なものはそこから読み取れるとも言えますね。スピリチュアルにも同じことが言えますが、ここではあんまり深くは触れません。めんどいんで笑

 

3、エネルギー

そして3つめのエネルギーです。これが一番言いたいこと!

これは事象でも意図でもない第3の情報です。

雑誌の例でいうと善悪ない事象を発信者の意図が乗った文字というカタチにしてネットなり、雑誌なりで発信します。

そしてそこには文体でも構成でもないけど受け手が受け取るもの(=エネルギー)があることです。(表現が難しい!)

例えばタレントの恋愛を出版元が批判的に書いたとします。そこには当然文体も構成も批判的に書かれています。

それら文体、構成とは別に批判のエネルギーが込められています。

受け手(ここでは読者)はそれに同調しようが反発しようが批判のエネルギーを受けます。

これが雑誌やテレビが疲れる理由です。別に雑誌テレビを否定してる訳ではないですよ!私もどっちも利用するし、それこそ善悪はなくいいとこ悪いとこあると思いますから。

 

良くも悪くも情報にはエネルギーが込められます

ということで、情報にはエネルギーが込められますよということです。

今回は文字で例を挙げましたがそれだけではなく、音楽とか話す言葉とか、ジェスチャーやダンスとか写真、絵、美術作品、料理などなんでも同じことが言えます。

手法として”意図”を込めて発信することはスキルとして存在しています。本屋さんやネットを探せば文章の書き方や話し方、写真の撮り方、絵の描き方、ダンスのやり方、料理の仕方などスキルの情報はたくさんあります。がそこにエネルギーを込める方法ってあんまりない気がします。

というかそもそも情報にエネルギーを込められるということ自体皆さん気が付いてないというか忘れているって感じですね。でも上手な人って自然とやってる気がします。特に芸術分野はそんなイメージ。

あとはチャネラーさんもやっていますね。というかエネルギーそのものを扱っているから当然ですが笑

エネルギーには時間も場所もないですしね。

 

せっかくならポジティブな情報発信しませんか?

発信者は何かの事象(絵とかだと自分の表現したいことになりますね)を自分が伝えたい意図で具現化します。これは何も文章や絵とかだけでなくて日常生活も同じことが言えます。挨拶とか、何気ない会話とか、自分が相手に対して行う全てにおいてエネルギーって乗るんですよね。考えてみると当然のことだなと思うんですが、忘れがちですね。

そして情報には目に見えているものだけでなく、エネルギーが入っています。

だからあなたが怒りの感情で作ったもの・行ったことは怒りのエネルギーが乗りますし、愛の感情や優しい感情で作ったもの・行ったことは愛や優しさのエネルギーが乗ります。

人に怒りや妬みなどを伝えると自分に返ってきます。

どうせなら自分も愛や優しいエネルギーを受け取りたいし、自分がされて嬉しいことを相手にもしたいですよね。

なので何かを発信するときは自分のポジティブな感情が伝わるように発信することをお勧めします。

具体的な方法としては

・相手がその情報を発信することで喜ぶイメージをしながら取り組む

・やっているときの自分の感情を楽しいとか嬉しい、ワクワクという感情に近ずける

などですかね。多分本当に発信したい情報って自然にそうなると思います。逆にネガティブな感情のままやっていることってエゴに突き動かされてやってたり、何かの影響を受けてやっていることが多いんですよね。そこに気がつくことが第一歩かもしれないです。

ぜひ明日から、朝のおはようの挨拶でもいいので愛を込めてやってみてください。あなたがやれば世界は変わります。

 

 

 

悲しみの話

それから悲しみとか辛さみたいな感情もエネルギーとして乗せることができるのですが、これって受け手にかなりの影響を与えます。世界はグラデーションですから、そういう情報。エネルギーも世界には必要です。あなたが本当に必要だと感じたならそういう情報も発信するのはありだと思います。まずはやってみて、心が軽くなるならありかなと。

ですが受け手の視点でみると、特にエンパス体質が強い人は強い影響を受けます。なので、受け手としてはそういう情報には深く入り込まないとか、必要以上に受けすぎないという自己コントロールが必要だと思います。得てしてそういう情報に行き当たる時ってそういう情報が必要な時が多いんですけどね。必要なものを受け取ったら切り替えるというのがいいかもです。

 

 

 

この記事を書こうと思ったきっかけとなる体験を少しだけご紹介します。

私はもともとスピリチュアルなことが好きでそういった本も読みます。ですが、何回読んでも頭に入らない本ってあるんですよ。皆さんも経験ありませんか?

数学の教科書のように(数学にがてなんです…すみません…数学に罪はありません。)つまんなくて、頭に入ってこない的な感覚です。

文字面は目で追っているんですが、内容が頭に入ってこないんです。

これにはいろんな要因があって、「そもそも興味がない」とか、「専門用語が多くて理解に時間がかかる」とか、「自分の中に苦手意識というメンタルブロックがある」などがよくあるパターンなんですが、自分が体験したものはそのどのパターンとも違うと感じたんです。

スピリチュアルなことだから興味はあるし、そこまで難しい内容でもないし、苦手意識もない内容でした。なのに頭に情報が入ってこないんです。

そこで気が付いたんですが、これは発信者があんまり伝えたくないというエネルギーで発信しているからわかりずらいんだなと。

そこから情報には意図の他にエネルギーも乗っているんだなと体感しました。

 

後になって発信者の方とコミュニケーション取れる機会があったので、お話を聞いたところやはりあまり伝えたくない情報だったそうです。でも時期がきたから今はオープンにするようにしたといっていました。実際オープンにしたと言われてからもう一度同じ内容を読みましたが、簡単に理解できました。

 

またこんなことも聞きました。その情報のエネルギーに自分が追いついてない(ここはなんとなくで読んでください。)と情報を見聞きすることはできても理解できないそうです。

でも宇宙には無意味なことはありませんから、必要なら完璧なタイミングで完璧な情報を手にすることができますともおっしゃっていました。その通りなんだなと思います。

 

コメントはこちら

Loading Facebook Comments ...

Leave A Reply

メールアドレスが公開されることはありません。